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大阪地方裁判所 平成4年(ヨ)1067号 決定

債権者

伊藤康彦

債権者

堤泰

債権者

田中智英子

右債権者ら代理人弁護士

武村二三夫

養父知美

債務者

茨木消費者クラブこと真鍋憲太郎

右代理人弁護士

中山嚴雄

主文

一  債権者らは、それぞれ債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、平成四年五月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月五日限り、債権者伊藤康彦に対し月額金二四万七八三八円の、債権者堤泰に対し月額金二四万一四四八円の、債権者田中智英子に対し月額金一三万八一三四円の、各割合による金員をそれぞれ仮に支払え。

三  債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。

四  申立費用は全部債務者の負担とする。

理由

第一債権者の申立て

一  債権者らは、それぞれ債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、平成四年五月から毎月五日限り、債権者伊藤康彦(以下「債権者伊藤」という。)に対し月額二四万七八三八円の、債権者堤泰(以下「債権者堤」という。)に対し月額二四万一四四八円の、債権者田中智英子(以下「債権者田中」という。)に対し月額一三万八一三四円の、各割合による金員をそれぞれ仮に支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  債務者は、茨木消費者クラブの商号で、肩書地において、無農薬、無添加食品の小売販売業(以下「茨木消費者クラブ」という。)を営んでおり、従業員は一五名で、会員一二〇〇ないし一三〇〇名から注文を受け、五台のトラックで自宅まで配送しており、年商約四億円である。

2  債権者堤は昭和六三年四月に、債権者伊藤は同年七月に、債権者田中は平成三年四月に、それぞれ債務者に雇用され、債権者堤及び債権者伊藤は配送員として、債権者田中は仕分員として勤務していた。

3  茨木消費者クラブの就業規則(平成三年九月一日実施)(〈証拠略〉)には、従業員の解雇に関して普通解雇と懲戒解雇の二種を定めており(一一条)、また従業員の懲戒処分として訓戒・譴責・減給・出勤停止・昇給停止及び懲戒解雇の六種類の処分を定めている(四三条)。普通解雇事由は、精神又は肉体的故障により業務に耐えられないと認められるとき(一一条一号)、作業に誠意なく技能能率不良で配置転換するも見込みなきとき(二号)、やむを得ない事由のため事業の継続が不可能になったとき(三号)及び打切補償をおこなったとき(四号)である。懲戒解雇事由は、他人に対し、暴行、脅迫を加え又はその業務を妨げたとき(四五条一号)、職務上の指示命令に不当に反抗し、越権専断の行為をなし職場の秩序を乱したとき(二号)、社長の業務命令に違反し、又は復命を怠ったとき(三号)、重要な経歴を偽り、又は詐術を用いて採用されたことが判明したとき(四号)、承認を得ないで在籍のまま他に就職し又は得意先の離脱を謀り、もしくは不都合な造言を流したとき(五号)、業務上知り得た重要な秘密を社外に漏らし、又は漏らそうとしたとき(六号)、職務に関し他から不当に金品その他の利益を受け又はこれを与えたとき(七号)、刑罰法規に違反して起訴をうけ、就業上不適当と認めたとき(八号)、しばしば懲戒を受けにもかかわらず、改しゅんの見込みがないとき(九号)及び前各号に準ずる行為があったとき(一〇号)である。

4  債務者は、債権者伊藤及び債権者堤に対し、平成四年三月三一日付けで解雇し、解雇予告手当てとして同日に基本給の一か月分を郵便局の口座に振り込んだこと及び三月分賃金は四月六日に振り込む旨記載した各解雇通知書(〈証拠略〉)により、また、債権者田中に対し、同年四月三日付けで解雇し、解雇予告手当として同日に基本給の一か月分を郵便局の口座に振り込んだこと及び四月の三日分の賃金は五月六日に振り込む旨記載した解雇通知書(〈証拠略〉)により、それぞれ懲戒解雇の通告をした。なお、右各解雇通知書は解雇理由として以下のように就業規則の条項をあげる(カッコ部分を除く。)だけで、具体的な事実の記載はされていない。

(一) 債権者伊藤

(1)就業規則二七条一号(出社及び退社についての遵守事項)、二九条(遅刻の届出)、三五条(遅刻を繰り返す者に対する措置)、四四条(訓戒・譴責・減給処分)違反 (2)同三一条一号(業務妨害、職場秩序を乱す等の場合の出社停止等の措置)、四五条二号(職務命令に不当に反抗等すること)違反 (3)同四四条三号(訓戒・譴責・減給事由としての許可のない会社の物品の持ち出し)、一〇号(同じく故意・重大な過失または怠慢による会社に損害を与えたこと)違反 (4)同四五条二、三号(社長の業務命令違反)違反

(二) 債権者堤

(1)就業規則四五条六号(秘密漏洩)違反 (2)同四四条二号、四五条二号違反 (3)同一一条一、二号(普通解雇事由)違反 (4)同一一条二号、四五条二、三号違反 (5)同四五条二、三号違反 (6)同四五条二、三号違反 (7)同四四条三号、一〇号違反

(三) 債権者田中

(1)就業規則三三条一〇号(生理休暇)、四四条違反 (2)同三三条一〇号、四五条違反 (3)同三一条一号、一一条二号違反

二  争点

1  債権者らに対する本件解雇が、懲戒解雇あるいは普通解雇として有効なものであるか、あるいは不当労働行為に該当し解雇権を濫用するものとして無効なものであるかどうか。

(債務者の主張)

債務者は、各債権者について以下のとおりの懲戒解雇事由があること、また、債権者らに対し解雇予告手当てを支払っているから、債務者による解雇通知には懲戒事由の有無とは別に、普通解雇したものとしての効力も生じていると主張する。

(一) 債権者伊藤の解雇事由

(1) 職務上の指示命令に不当に反抗し、越権専断の行為をなし、職場の秩序を乱した。しばしば懲戒を受けたにもかかわらず、改しゅんしようとしなかった。

〈1〉 就業以来遅刻回数が大変多く、何回も債務者が口頭で注意してきたが、一向に改めようとしなかった。平成四年一月三一日には警告書を手渡されていたにもかかわらず、二、三月に各二回遅刻して職務上の指示命令に不当に反抗した。

〈2〉ⅰ指示命令に反抗して午前八時五分前に到着せず、職場の秩序を乱した。

ⅱ平成四年二月七日、一一日無断欠勤した。組合員を指示して同月一二日から一四日まで及び二二日に二、三名従業員を欠勤させ、職場を大混乱に陥れた。

ⅲ他の従業員が仕分作業をしているのに遊んでいた。

(2) 日頃顧客に届ける生鮮食料品を紛失させ、あるいは乱暴に取扱い、顧客の苦情を無視し、債務者の注意(指示命令)に耳を貸そうとしなかった。

〈1〉 平成三年一二月三日から平成四年三月一四日までの間に、一〇回にわたって商品を紛失させた。

〈2〉 ポケットベルのスイッチを切って上司の指示を受けることを拒絶し、度重なる連絡には「何回もベルを鳴らすな。」とくってかかった。同年三月一八日顧客から商品が届いていないとの連絡があり、債権者伊藤に持参するよう指示したのに、これを無視して勝手に顧客に対して欠品とする旨一方的に通知した。同月二三日顧客に配達した商品の内容量が注文と違っていたので、三〇日に回収を指示したのにこれを無視し、却って上司を威嚇した。

〈3〉 ストライキが中止された平成三年一二月七日正午過ぎ、食事に行くといったまま出かけて、事業所を不在にし、所在場所も連絡しなかった。

〈4〉 朝の仕分時に商品箱を投げたり、思い切り蹴ったり、いたみやすい食品の上に重い荷物を載せて傷つけたり、顧客の畜冷剤を無断で持ち帰り、探しますと返事しながらこれをせず、開き直りをして弁償をしようとしなかった。

(3)債務者の事業を妨害する意図をもって他の従業員をせん動し、怠業した。

〈1〉 平成四年一月二八日の朝礼の際、「組合が認めていないチラシ配布は許さない、組合が認めんことは会社はなんもできんのじゃ。」と大声で発言して、朝礼を三〇分間長引かせて、就労を遅延させ、債務者の事業経営を妨害した。

〈2〉 債務者を茨木消費者クラブから追放して、債務者の企業の乗っ取りを策謀した。

〈3〉 債務者の事業妨害を目的として、平成三年一二月六日に抜き打ちに違法なストライキを決行し、債務者に多大な損害を及ぼした。債権者伊藤らは、茨木消費者クラブの顧客のうち約五〇〇名に、同日よりストライキを含めた冬季一時金闘争に入る旨記載したビラを配布した。このビラにはストライキの終期について何ら触れられていなかったため、三〇名以上の顧客が注文を取り止めてしまった。債権者らは翌一二月七日のストを中止したが、その日中にもビラ配布先に対してストの中止を連絡しなかったため、顧客の殆どに同日もストがあるものと誤信させることとなり、債務者の事業経営に不安を与えた。

(4) 債務者の友人名簿を盗み出した。

(5) 遅刻の理由として、「バイクの始動ままならず、通勤上のバイクトラブル、寝過ごし、鍵を探していた」など、欠勤の理由として、「過労、カゼで重傷」などと、理由にならない理由で平然と遅刻、欠勤を繰り返している一方、実力行使をもって待遇改善を叫んでいるものであって、債権者伊藤は、精神又は肉体的故障により業務に耐えられないか、又は作業に誠意なく技術能率不良で配置転換するも見込みのないものである。

(二) 債権者堤の解雇事由

(1) 職務上の指示命令に不当に反抗し、越権専断の行為をなし、職場の秩序を乱した。

〈1〉 債務者に対し口頭、あるいは書面で病気治療することの承諾を求めることなく、毎週木曜日に無断欠勤し、平成三年一〇月に遡って診断書の提出を求められ、平成四年一月一四日に平成三年一二月一二日付け診断書と同年九月二日付けの休暇届けを提出した。

〈2〉 平成二年一二月中旬から翌年一月中旬の請求書作成時にミスをおかし、機器の欠陥であるといって嘘の弁明をした。

〈3〉 平成四年二月二三日、大阪天満橋のOMMビルで開催された関西自然食品フェアで、株式会社スカイフードの中村営業部次長に、債務者に無断で卵油仕入取引を申入れ、越権の行為をなした。

〈4〉 債権者伊藤とともに債務者の事業経営を攪乱させる目的をもって、平成三年九月から毎週木曜日に無断欠勤した。

(2) 債権者伊藤の(2)の〈3〉に同じ。

(3) 平成三年一二月二日から平成四年三月四日までの間、一七回にわたって債務者の商品を自宅に持ち帰ったか、あるいは捨ててしまった。

(4) 債権者伊藤の(3)の〈3〉に同じ。

(5) 平成四年一月一〇日に茨木消費者クラブの久永充浩専務理事(以下「久永専務」という。)に対し、平成三年の年末ストと労使紛争により仕入先の株式会社ムソー、株式会社自然食品センター及び株式会社創健社が茨木消費者クラブの経営悪化を予測して取引を縮小することを決定したとの虚偽の報告を流布し、故なく、債務者の業務を妨害しようとした。

(6) 自己の無能を棚にあげた経営陣批判をした(不当な反抗、業務命令違反)。

〈1〉 配送係に配置転換する前に商品企画、コンピューター管理を担当していたが、毎週必ず間違いをおかし、債務者から数十回にわたる口頭注意を受けた。

〈2〉 顧客への請求書には商品名、個数、消費税及び欠品などがコンピューター処理に基づいて正確に記入されるべきところ、欠品のつけ落としが多く、何度注意しても改まらなかった。

〈3〉 平成四年一月二〇日の労使協議会の席上、自己は有能であるのに無視されている、ボーナス等要求はどうでもよく、債務者の追放が組合の目的である、債務者はじめ会社側は無能な奴ばかりだなどと、根拠のない経営陣批判を続けた。

(7) 茨木消費者クラブの顧客約二〇〇〇名の名簿を無断で持ち出し、これを使って債務者の茨木消費者クラブからの追い出し、経営攪乱に利用しようとしている。

(三) 債権者田中の解雇事由

(1) 平成三年一二月二八日付で「私用のため」として平成四年一月六日を休みたいとの届けを提出し、債務者から有給休暇の承認を得たのち、勝手に「私用のため」との記載を傍線で消し、新たに「生理のため、体調が悪い」と書き換えたこと及び同月九日に生理休暇をとったことを注意されると再び先の休暇届の「生理のため、体調が悪い」との記載を勝手に傍線で消した。また、妊娠中で生理休暇の必要がないのに、虚偽の生理休暇届けを提出して同年二月一〇日に生理休暇を取得した。

(2) 平成三年四月二九日朝、突然怒り出し、上司の許可なく作業を中断し帰宅してしまった。

(3) 越健専断の行為と秩序攪乱の行為があった。

すなわち、商品会議で決定した商品(トータス活水器)の発注業務を拒否した。業務上の指示が気に入らないと、ことごとく反論し、指示を拒否し、上司を呼び捨てにするなどして上司を愚弄した。商品会議で権限を踰越して「塩の取扱いは天然塩を排除し、海の精一本でいきたい。」と非常な発言をした。

(4) 平成三年一一月全休(全日休み)二回、半休(半日休み)二回、一二月全休三回、半休一回、平成四年一月全休二回、半休二回、二月全休四回、半休一回、三月全休六回(うち四回は無断)と欠勤が多く、また平成四年一月一回、三月二回の遅刻がある。

(債権者らの主張)

債務者が債権者らを解雇したのは、債務者の経営する茨木消費者クラブの従業員で組織する労働組合を嫌悪し、これを排除することを目的とするものであるから、本件各解雇は、不当労働行為に該当し無効であるか、解雇権の濫用であり無効である。また、正当事由のない解雇であって無効である。

2  債務者の営業譲渡・事業閉鎖の主張は許されるか、許されるとして、その事実が認められるのかどうか。

債務者は、平成四年八月三一日にその茨木消費者クラブの営業全部を申立外株式会社コミュニティ・アンド・フレンド(以下「シー・アンド・エフ」という。)に譲渡して解散したから、仮に債務者のした解雇が無効であるとしても、債権者らとの雇用契約関係は右同日までであると主張する。

債権者らは、債務者が右主張をすることは訴訟上の合意等に反し、また信義則違反として、あるいは時機に後れた攻撃防御方法として許されないと主張する。すなわち、債務者代理人は、平成四年一〇月二九日の審尋期日において、茨木消費者クラブの事業が債務者から第三者へ移転された、あるいは債務者は債権者らが雇用関係の確認を求めるべき相手ではないとの各主張をしないと明言した。これは債務者において自らの主張を限定する旨の訴訟行為を行っているものであり、また、当事者間において当事者が異なるという点は争点にしないという訴訟上の合意を行ったものである。このような自らのなした単独行為たる訴訟行為、あるいは当事者間の訴訟上の合意に違反する主張は許されない。仮に、右の主張が認められないとしても、右のような主張をすることは信義則に反し、あるいは時機に後れた攻撃防御方法として排斥されるべきである。

3  保全の必要性について

第三争点に対する判断

一  債権者らの解雇事由の有無について

債務者は、債権者らにおいて、就業規則四五条各号に定める懲戒解雇事由及び一一条一ないし四号に定める普通解雇事由のいずれかに該当する事情があることを主張し、そのほかに一一条の普通解雇事由は予告解雇する場合の例示であるとして就業規則に定めていない事由による普通解雇も有効であるとの見解に立って、その余の普通解雇事由に該当する事情もある旨の主張をする。そこで、先ずこの点について判断する。前記のとおり茨木消費者クラブの就業規則には普通解雇の事由として、「精神又は肉体的故障により業務に耐えられないと認められるとき(一号)、作業に誠意なく技能能率不良で配置転換するも見込みなきとき(二号)、やむを得ない事由のため事業の継続が不可能になったとき(三号)及び打切補償をおこなったとき(四号)」と規定しており、これは普通解雇事由を限定的に列挙したものと認められる。このように使用者が就業規則において普通解雇事由を限定的に列挙して規定している場合には、右普通解雇事由に該当する事実がなければ解雇しない趣旨に使用者自ら解雇権を制限したものと解するのが相当であるから、債務者の右主張は失当であり、採用することができない。したがって、以下においては各債権者について、就業規則に定める懲戒解雇事由及び通常解雇事由があるかどうかについてのみ判断することとする。

1  債権者伊藤について

本件疎明資料に審尋の全趣旨によると、以下の事実が一応認められる。

(一) 債権者伊藤は、茨木消費者クラブに就職して以来遅刻が多く、平成三年一月から平成四年三月まで合計四九回、多い月で一〇回(平成三年六月)、平均して月三回以上の遅刻をしている。遅刻の理由としては、寝過ごしであるとか通勤に使用しているバイクのトラブルといったものであった。債務者は、債権者伊藤に対し、遅刻しないようにと度々口頭で注意していた。債務者は、平成四年一月三〇日付けで、同債権者に対し、同人の平成二年九月から同三年一二月までの遅刻状況を示し、遅刻常習に関しては何度も注意しているにもかかわらず、一向に遅刻癖が無くなる様子がない、この遅刻は就業規則三五条違反である、今後このようなことがないように警告するとの文書(警告書)を交付し警告をした。この警告を受けたにもかかわらず、債権者伊藤は、平成四年二月四日「寝過ごし」を理由に始業時から二九分の、同月六日「鍵を探していた」ことを理由に二分の、同年三月一三日「寝過ごし」を理由に三七分の、同月二一日「体調が悪かった」ことを理由に四三分の、遅刻を繰り返している。

(二) 平成三年一二月六日に債権者らが組織する北摂地域ユニオン(執行委員長宮崎良勝)に加盟する労働組合である北摂地域ユニオン・茨木消費者クラブ支部(以下「組合」という。)がストライキを決定し、ストライキ権の行使に対する理解と組合に対する支援を得るために、茨木消費者クラブの顧客である組合員に、同月五日、「茨木消費者クラブ会員のみなさんへ、ストライキ突入は避けられず!」と題するビラを配付した。このために顧客のうちには当日に商品の配送が受けられなくなるとして注文を控えた者があった。

(三) 債権者ら組合員は、右ストライキの翌日である同月七日、債務者事務所に出勤して始業時の午前八時定刻までに、債務者に対してストライキ解除を通告した。しかし、債務者は、債権者らに対し、経営者側で当日の配送等の準備ができているとして、「金は払うから、帰れ。」などといって、債権者ら組合員の就労を拒否した。そこで、債権者ら組合員は、自分たちの判断で事務所二階の応接室に待機することにして、同日午前一二時ころまでそこにいた。しかし、債務者が就労を命じなかったことから、債権者伊藤らにおいて債務者に何ら告げないまま退去してしまった。そのことから債務者は債権者伊藤らに対して同日の賃金のうち半日分をカットした。

(四) 債権者伊藤は、朝の仕分時に商品箱を乱暴に扱ったことや、ポケットベルのスイッチを切ったことがあった。朝礼の際、しばしば債務者と口論し、平成四年一月二八日の朝礼の際には「組合が認めていないチラシ配布は許さない、組合が認めんことは会社はなんもできんのじゃ」と大声でいった。また同年二月七日と一一日に無断欠勤した。

(五) 前期(一)の遅刻の理由届けに「バイクの始動ままならず、通勤途上のバイクトラブル、寝過ごし、鍵を探していた」などと記載し、また欠勤の理由届けに「過労、カゼで重傷」などと記載しており、その反面において、組合の執行委員長としてストライキを指導したり、口頭で債務者に抗議するなどして従業員の待遇改善を叫んでいる。右認定の事実を前提として債権者伊藤の懲戒解雇事由の有無について判断する。(一)の事実からすると、債権者伊藤は、さしたる理由もないのに頻繁に遅刻しており、度々口頭での注意(懲戒としての訓戒)を受け、警告書まで交付されたにもかかわらず、その直後の二か月間に合計四回の遅刻を繰り返していることからすると、就業規則四五条九号に定める事由があるといえなくはない。しかし、その他の事由についてみると、(二)の平成三年一二月六日の組合のしたストライキのビラ配付は、後記認定のとおり労働争議の一貫として、債権者ら組合員が日頃接している顧客にストライキの支援を求めて行ったものであり、債務者の営業妨害を専ら目的としたものではないこと、(三)の債権者伊藤らがストの翌日の正午過ぎに、債務者に行き先も告げないまま事務所から退出したことについては、当日の朝に債務者が債権者らの就労を拒否し、事務所に待機する旨命じていなかったことからすると、いずれも就業規則四五条二号に該当する事由があるものとみることができない。(四)の事実が直ちに就業規則に定める懲戒解雇事由に該当する行為であるとみることはできない。また(五)の事情から債権者伊藤において就業規則一一条一、二号に定める普通解雇事由があるとみることはできない。なお、債務者が債権者伊藤の懲戒解雇事由として主張する(1)〈2〉の債務者が午前八時五分前に到着するよう指示命令を出したこと、債権者伊藤が組合員に欠勤するよう指示したこと、他の従業員が仕分作業をしているのに遊んでいたこと、(2)〈1〉の食料品を紛失させたこと、〈2〉の上司を威嚇したこと、(3)〈2〉の企業の乗っ取りを策謀したこと及び(4)の友人名簿を盗み出したことについては、その疎明が十分でない。債権者伊藤に関して、その他に就業規則に定める懲戒解雇事由あるいは普通解雇事由に該当する事情があることについての疎明はない。

2  債権者堤について

本件疎明資料に審尋の全趣旨によると、以下の事実が一応認められる。

(一) 債権者堤が平成二年一二月中旬から平成三年一月中旬にかけて作成した請求書の記載にミスがあった。

(二) 債権者堤は、頚椎、腰椎捻挫の治療のために整体医に毎週通院する必要があるとして、平成三年九月二日の始業時の朝礼の際に、茨木消費者クラブの理事である絹本雅祥らに対し、自己の配送業務のない木曜日に休みを取る旨断っており、これに対して理事側から別段の異論は述べられていなかった。ところが同年一二月六日行われた前記ストライキの後、債務者においてこれを問題としたため、債権者堤は同月中旬ころ、遡って平成三年九月二日付けの休暇届けと一二月一二日付け診断書を提出した。しかし、債務者は債権者堤に対して、平成四年一月三〇日付けで、同人が前年より整体医に通院するとの理由で殆ど毎週木曜日に休んでいることが茨木消費者クラブの基本的な体制に対して困ったことになっているとし、完治するまで長期休暇をとるか、どうしても休まなければならないとすればそれを立証する医師の証明書を提出すべきであるとする旨記載した要望書を交付した。さらに同年二月一五日付けで、債権者堤が右要望書に対する回答をしていないとして、これをしない場合には就業規則四五条によって処罰する旨の警告書を交付した。債権者堤は、同月一八日付けで整体医に通う必要があることの理由を記載した回答書を作成し、同日絹本理事に交付しようとしたところ、同理事から同月二〇日に債務者が出社するのでその際に提出するようにといわれたので、これにしたがった。同日、債権者堤は債務者に右回答書を交付し、朝礼の場で従業員ら全員に対して毎週木曜日に整体医に通うため休まなければならないことを説明し、その了解を求めたところ、異論を述べる者はなかった。

(三) 債権者堤は、平成三年の年末ストと労使紛争により仕入先の株式会社ムソー、株式会社自然食品センター及び株式会社創健社が茨木消費者クラブの経営悪化を予測して取引を縮小しようとしているとの噂話を聞き、平成四年一月一〇日に久永専務に対し、右取引先があたかもそのように決定したかのような趣旨のことを述べた。久永専務が仕入業者である株式会社ムソーらに対して、そのような動きがあるのかどうか確認したところ、何れの業者も茨木消費者クラブに争議行為があることさえ知らなかったことがわかった。しかし、久永専務は、債権者堤の発言を問題視せず、同人を叱責するようなこともしなかった。

(四) 債権者堤は、同年二月二三日に大阪天満橋のOMMビルで開催された関西自然食品フェアに出席し、一〇数社のブースを見て回ったが、過去に商品企画を担当していたこともあって面識のある業者が多く、その中に株式会社コーボンの高石営業部長や株式会社スカイフードの中村営業部次長らがおり、卵油のことなどを質問して説明を受けた。その際、債権者堤において、自己が現在商品企画を担当していない旨説明し、その場で取引の話はしなかった。しかし、中村営業部次長らは、その後、茨木消費者クラブを訪れ、債権者堤を名指しして商品の売り込み交渉をしようとした。

右認定の事実を前提として債権者堤の解雇事由の有無について判断する。(一)の事実については、これが懲戒解雇事由に該当しないことは明らかであり、普通解雇事由(就業規則一一条二号)に関する事実と見ることはできるものの、この事実だけからは右解雇事由があるということはできない。(二)の事実は就業規則に定める訓戒・譴責に関する事情(四四条一、二号)であるが、右事実からは債権者堤において訓戒・譴責に値するほどの非違行為があったとは断定できないし、ましてやこれが懲戒解雇事由となるとは到底いうことができない。(三)の事実については、これだけでは就業規則四五条二号の「越権専断の行為をなし職場の秩序を乱したとき」、五号の「不都合な造言を流したとき」のいずれにも該当しないし、(四)の事実についても、これをもって「越権専断の行為をなし」たものとは到底いうことはできない。なお、債務者が債権者堤の懲戒解雇事由として主張する(1)〈4〉の債務者の事業を攪乱する目的をもって毎週木曜日に欠勤したこと、(3)の食品の持ち帰ったか、捨てたかしたこと及び(7)の茨木消費者クラブの名簿の無断持ち出しの点については、その疎明が十分でない。また、(2)の前記のストの翌日の正午過ぎころに事務所から退出したこと及び(3)のストのビラ配布の点については、債権者伊藤について判断したとおりであり、懲戒解雇事由とはなり得ないものというべきである。債権者堤に関して、その他に就業規則に定める懲戒解雇事由あるいは普通解雇事由に該当する事情があることについての疎明はない。

3  債権者田中について

本件疎明資料に審尋の全趣旨によると、以下の事実が一応認められる。

(一) 債権者田中は、平成三年一二月二八日付けで平成四年一月六日の有給休暇届を提出し、債務者からその旨の承認を得ていたところ、当日生理が始まり、体調がすぐれなかったため、有給休暇を生理休暇に変更することにし、先に提出し事務所の休暇届のファイルに綴ってあった右休暇届を取り出し、その休暇の理由欄の「私用のため」との記載を傍線で消し、新たに「生理のため、体調が悪い」と書き換えた。その後の同月九日にも生理休暇をとったことから、債務者から一月六日は生理休暇としては認められないといわれたため、右の変更した理由記載を傍線で消してしまった。債権者田中は同年二月一〇日に生理の症状があったので、生理であると思い生理休暇を取ったが、これは同月二九日になるまで自己が妊娠していることに気付かなかったためであった。

(二) 平成三年一一月全休(全日休み)二回、半休(半日休み)二回、一二月全休三回、半休一回、平成四年一月全休二回、半休二回、二月全休四回、半休一回、三月全休六回と欠勤しており、三月の六回の欠勤のうち四回は無断欠勤であった。また同年一月一回と三月に二回の遅刻をしている。右平成四年二、三月の欠勤は、妊娠初期の体調の不安定と子供(昭和六一年一二月生の女児と平成二年一〇月生の男児)の急病を原因とするものであった。

(三) 平成四年一月一一日に行われた商品会議の席上で、商品構成についての報告を行い、その中で茨木消費者クラブは従前から四種類の塩を扱ってきたことについて、その取扱いは現状通りでよいが、同クラブとしてはそのうちの「海の精」を顧客に積極的に推薦すべきであるとの意見を申し述べた。

右認定の事実を前提として債権者田中の解雇事由の有無について判断するに、(一)及び(二)の事実は就業規則に定める訓戒・譴責に関する事情(四四条二号の勤務に関する手続等違反及び同条一号の正当な理由のない遅刻)であり、これが懲戒解雇事由となるためには四五条九号に該当する事情、すなわち「しばしば懲戒を受けたにもかかわらず、改しゅんの見込みがない」場合に該当することを要するところ、この点についての疎明がなく、また(三)については、右事実だけからは就業規則四五条二号にいう「越権専断の行為」があったとは到底いえず、いずれも懲戒解雇事由に該当しないというべきである。なお、債務者が債権者田中の懲戒解雇事由として主張する(3)の事実及び(4)のうちトータス活水器の発注拒否の事実については、その疎明が十分でないし、同債権者に関して、その他に就業規則に定める懲戒解雇事由あるいは普通解雇事由に該当する事情があることについての疎明はない。

4  まとめ

以上の点からすると、債権者伊藤については、就業規則四五条九号に該当する懲戒解雇事由があるとみる余地があるものの、債権者堤及び債権者田中については、就業規則に定める懲戒解雇事由も普通解雇事由もあるとは認めることができず、右債権者両名に対する本件解雇はこの点において無効であるといわざるをえない。

二  解雇権の濫用の有無について(債権者伊藤に関して)

本件疎明資料に審尋の全趣旨を総合すると、次の事実が一応認められる。

1  茨木消費者クラブには労働組合はなかったが、平成三年の夏季一時金が前年の冬季一時金の実績を下回ったことから債権者ら従業員の不満が生じ、同年七月一七日にパートタイマーを含む一四名が集合し討論の結果、参加者の意見をまとめた要求書を作成して債務者の回答を求めることになった。同月二五日、債権者らを含む一一名の従業員は茨木消費者クラブ従業員一同の名で、「従業員の労働条件等の要求並びに要望について」と題する書面で債務者に対し、夏季一時金を基本給に対して一二〇パーセントに修正すること等七項目にわたる要求と従業員の駐車場を確保すること、生理休暇・出産休暇・慶弔による休暇等の規定を作ること等五項目の要望を出し、同月二九日か三〇日に全体会議を開いて回答するように求めた。この要望書に対して債務者は、この従業員一同とは誰のことか、この要望書に賛成の者はその場で署名するようにといったところ、債権者らを含む九名の従業員がこれに署名した。

2  債務者は、債権者らが求めた要望書の回答期限までに回答をしなかった。同月三〇日、債権者らを含む七名の従業員は、組合(北摂地域ユニオン・茨木消費者クラブ支部)を結成し、執行委員長に債権者伊藤が、同副委員長に債権者田中が、書記長に債権者堤が、そして会計に森下浩一が選出され、それぞれ就任した。組合は、同年八月一日、債務者に対し労働組合結成を通告するとともに、同月五日午後五時三〇分からの団体交渉を申入れた。その申入書の中で、労働基準法を遵守すること、不当労働行為を行わないこと等の要求並びに夏季一時金の引上げなど一一項目の交渉事項をあげた。しかし、債務者は、「俺は組合が嫌いだ。帰ってくれ、警察を呼ぶぞ。」などといい、団体交渉も拒否し、その後も、組合員に対してお前らカスや、嫌やったら辞めたらいい、組合なんか聞いたことがないなどとの発言を繰り返していた。

3  同年八月二一日に第一回の団体交渉が行われ、その結果、労働基準法を遵守すること及び不当労働行為を行わないことなどが確認され、夏季一時金の引き上げに関しては保留され、継続して交渉がもたれることになった。その後も団体交渉が続けられ、その結果、夏季一時金については〇・二か月分の追加支給、就業規則の作成、残業手当ての支給などが確認された。

4  ところで、組合員は同年八月と一一月に各一名が新規加入し、合計九名となった。その間の同年九月に、債務者は年若く比較的採用年度の浅い非組合員の絹本雅祥と井川吉光を理事に任命した。同年一〇月一日には組合員の森下浩一を理事に任命し、その際、組合から脱退することを指示したが、同人は組合から脱退しないまま理事に就任した。

5  同年一一月二一日の団体交渉において、組合は、冬季一時金について、二・四か月分とするとの要求をした。債務者は、前年一二月において今冬季から二か月分出すといっていたにもかかわらず、夏季一時金上積分の〇・二か月分を差し引いた一・八か月分との回答をしたことから、組合はこれに応じることができないとして交渉は決裂した。その際、債務者は、支払えない理由をバランスシートを提出して説明すること及び一一月中に継続交渉を行うことを申し入れた。組合は、二・四か月は最低限の要求であるとして、話し合いによる解決は困難と判断された場合にはストライキも辞さないと決意し、同日、ストライキ権の批准を行った。

6  債務者は、同月二八日組合に対し、文書で前回の団体交渉での回答である一・八か月分に上積みする意思はない、回答が変わらない以上団体交渉を実施する意味がないとして、団体交渉の中止を申し入れるとともに、全従業員に対し、茨木消費者クラブの給料もボーナスも少ないとは思っていない、同クラブの給料は他の同業者(大阪北生協など)のそれに比較して高いことなどを記載した「茨木消費者クラブの従業員の皆様へ」と題するビラを配った。組合は、同月三〇日、冬季一時金を基本給×二・四か月とする要求項目を掲げて同年一二月三日の団体交渉の申入れを行った。しかし、債務者がこれを拒否したことから、同日ストライキに突入すること決め、同月五日、茨木消費者クラブの顧客である会員に対し、組合の要求実現のため同月六日からストライキを含めた「冬季一時金闘争」に入らざるをえないと記載したビラを作成してこれを配付し、同日(一二月六日)始業時からストライキに入った。

7  組合の上部団体である北摂地域ユニオンは、組合のストライキの方針とは別に事態の早期収拾を図るため、同月五日付けで大阪府地方労働委員会(以下「地労委」という。)に対し、冬季一時金の調停及び労使協議機関の設置をあっせん事項とするあっせんの申請をした。このため、組合は、同月七日のストライキを中止することに決定した。債権者ら組合員は、同日、茨木消費者クラブ事務所に出勤し、始業時の午前八時定刻までに債務者に対してストライキ解除を通告した。しかし、債務者は、債権者らに対し、経営者側で当日の配送等の準備ができているとして、「金は払うから、帰れ。」などといって、債権者ら組合員の就労を拒否した。そこで、債権者ら組合員は事務所二階の応接室に待機することにした。同日午前一二時ころまで待機していたが、債務者が就労を命じなかったことから、前記のとおり債権者伊藤らにおいて、債務者に行先等を何ら告げないまま退出してしまった。そのことから債務者は債権者伊藤らに対して同日の賃金のうち半日分をカットした。

8  同月一三日、地労委において、〈1〉平成三年度年末一時金は基本給の二・一か月分とし、使用者は既支給額との差額を平成四年一月二一日までに支給すること、〈2〉労使双方は、労使協議会の設置を確認し、その組織運営並びに懸案事項について誠実に協議すること、〈3〉労使双方は、信義誠実の原則に基づき、相互理解に立って円滑な労使関係の確立に努めること、の三項目のあっせん案が示され、これを北摂地域ユニオン及び債務者の双方が受け入れたことで事態は収拾された。

9  債務者は、組合員で理事の森下浩一が一二月六日のストライキに参加したことを理由として同月末日に理事を解任する一方、同年一一月二一日以来、団体交渉時に債務者側の一員として同席させていた経営コンサルタントの久永充浩を、組合対策業務を担当させるため平成四年一月六日に専務理事として採用した。久永は専務理事に就職するや、これまで債務者において嫌いであるとして従業員に提出を求めなかった履歴書を全従業員に提出させることや、債権者らに対し前記のような警告書等の文書を交付することを債務者に進言し、債務者はこれを実施した。

10  組合は、前記地労委のあっせん案を受諾する形で合意された労使協議会の開催を同年一月二二日債務者に申し入れたが、債務者がこれに容易に応じようとせず、結局、同月三〇日にようやくこれが開催された。その席上において、労使協議会を定期または必要に応じて開催することなどは合意されたもの、組合側からの従業員の人事異動については事前協議・合意による運営を行うこととしてもらいたい旨の提案に対し、債務者は明確な回答を行わなかった。

11  債務者は、前記のとおり、同年一月三〇日付けで債権者伊藤に対して警告書を交付し、同月三一日付けで組合員である田中千世子に対しても同様の警告書を交付した。また債権者堤に対して前記のとおり、同月三〇日付けで前記の要望書を交付した。

12  債務者は、同月三一日、債権者田中と田中千世子に対し、いずれも事務職から仕分係への配置転換を命じた。そこで、組合は、同年二月五日債務者に対し、組合員の配置転換について団体交渉の申し入れをした。同月一四日に団体交渉が行われ、その際、債務者は同月二九日までに文書で回答すると約束したが、これを果たさなかった。組合は同年三月一一日に組合員の配置転換の問題、特に同年二月二九日に債権者田中が妊娠していることが判明し、職種配慮の必要性が生じたとして、三月一九日の団体交渉を申し入れた。この申入れに対して、同月二八日に団体交渉が行われ、その席上、債務者は同債権者を一週間以内に事務職に戻すことを約束した。

13  ところで、債務者の顧客に対する商品の配送については、六名の配送員がこれにあたっており、現実には一日五コース(合計三〇コース)を五名が配送し、各配送員において週一日配送業務を空けることにし、その者は補助要員として待機するようになっていた。同年二月中旬に配送員の香川卓也が、三月には大里某が退職したため、債務者の配送員は四名となった。債務者は、同月二三日から「軽貨急配」なる業者に四名の配送員の派遣を依頼し、配送業務に当たらせるようになった。この点について、債務者は前記三月二八日の団体交渉の席で配送員が休んだときのための措置であると説明した。

14  債務者は、平成四年一月末ころから債権者ら三名を解雇しようとの決意を固めていた。同年三月二八日の団体交渉の後、これを実行に移すことにし、前記のとおり、同月三一日に組合執行委員長の債権者伊藤と書記長の債権者堤に対し、次いで、同年四月三日には同副委員長の債権者田中に対し、それぞれ懲戒解雇の通告をした。債務者は、債権者らを解雇した後の同年四月六日の朝礼後、組合員の森下浩一と杜和博に対し「あの三人を解雇したらお前らも辞めると思とった。なんで辞めへんねん。だから段取りが狂るてしもてんねん。」などと発言した。

右認定の債権者らの組合結成から解雇されるに至る経過等の事情からすると、債務者が、債権者らの結成した組合を嫌悪し、茨木消費者クラブからこれを排除しようと企図し、平成四年一月末日ころから、組合の中核である債権者ら三名を解雇することを決意し、同月六日に専ら組合対策の任にあたらせるため採用した久永専務の指導の下に、債権者伊藤らに対して警告書や要望書を交付し、あるいは組合員である配送員の解雇に備えて軽貨急配なる業者に配送員の派遣要請をするなどの準備を整えたうえで、債権者ら三名を解雇したものであることが明らかである。そうだとすると債権者ら三名に対してした解雇は不当労働行為意思によるものであると認められるから、債権者伊藤において前記のような事情があるとしても、同人に対する本件解雇は解雇権の濫用に該当し、無効であるといわざるを得ない。

三  営業譲渡による事業閉鎖の主張について

債務者代理人は、平成四年一〇月二九日の審尋期日において、茨木消費者クラブの事業(営業)が債務者から第三者へ移転されたこと及び債務者は債権者らが雇用関係の確認を求めるべき相手ではないとの主張を、当日段階ではしないと陳述したことは当裁判所に顕著な事実である。しかし、この陳述をもって債務者が自己の主張を限定する旨の訴訟行為を行ったものと解することはできないし、また債務者において右を争点としないという訴訟上の合意を行ったものと解することも相当ではない。また、右の主張をすることが信義則に反しないとはいえないものの、この主張が全く許されないものということはできない、時機に後れた攻撃防御方法の提出として許されないとまでいうこともできない。ただ、この陳述は審尋の全趣旨として、本件被保全権利の有無の判断にあたって当然に考慮されることになる。

ところで、債務者主張のような個人経営にかかる事業体が営業譲渡され、その企業主体に変更があつた場合、当然に旧企業(個人経営の事業体)と従業員との労働契約関係が新企業に承継されるものではなく、これが承継されるとするためには少なくとも旧企業と新企業との間で労働契約関係の承継についての包括的な合意がなされる必要があると解すべきであり、この合意が存しないときには当該労働契約関係は承継されず、依然として旧企業の主体である個人との間に残存することになるということになる。後記のとおり、債務者と茨木消費者クラブとの間の営業譲渡契約書が実体に符合するものとした場合、この営業譲渡契約において、従業員は茨木消費者クラブを退職させたうえ必要な範囲でシー・アンド・エフが改めて採用するとされており、そうだとすると債権者らについては、当然のこととしてこの手続が採られていないことが明らかである。したがって、債権者らに対する本件各解雇が無効である限り、その労働契約(雇用契約)関係は依然として債務者との間に存在することになる。債務者は事業を解散して閉鎖した旨主張するが、仮に解散しているとしても、これによって従業員との間の雇用契約関係が当然に消滅するものではなく、これが清算されるまでは残存することになるというべきであり、債務者の主張はこの点において失当である。しかしながら、なおその主張事実自体の存否についても検討の余地があるので、以下において判断することとする。

債務者は、右主張事実の疎明資料として平成四年八月一五日付けシー・アンド・エフの取締役会議事録(〈証拠略〉)、同月二〇日付け営業譲渡契約書(〈証拠略〉)及び同月三一日付け茨木消費者クラブの解散決議議事録(〈証拠略〉)を提出している。これらによると平成四年八月一五日にシー・アンド・エフの取締役会が開催され経営不振に陥っている茨木消費者クラブから営業権等の譲渡の申入れがあったことが報告され、同月三一日付けで営業権等の譲受けをすることが承諾され、譲受けの方法として同クラブの総資産より総負債の方が多いので差額を営業権として受け入れること、会員の全てを承継すること、従業員は同クラブを退職させたうえ必要な範囲で改めて採用すること及び資産・負債の受け入れ以外に金銭の授受はないことが決議され、同月二〇日付けで茨木消費者クラブの債務者とシー・アンド・エフ代表取締役の債務者との間で右取締役会決議にそった営業譲渡契約が締結され、同月三一日に茨木消費者クラブの臨時総会が開催され、シー・アンド・エフへの営業譲渡については何ら触れないまま、人手不足で適正な配送ができないことと業績面でも赤字状態が続いていることを理由に同クラブを解散する旨の決議がなされたことが窺える。しかし、疎明資料と審尋の全趣旨によると、シー・アンド・エフは鮮魚・冷凍魚・塩干・ひもの及び肉類卸業務等を目的として昭和六三年一二月一五日設立された資本金一〇〇〇万円の会社で、債務者が当初からの代表取締役であり、茨木消費者クラブのテリトリーとする北摂七市以外の地域に居住する顧客のために商品を配送することなどを業務としているとはいうものの、債務者の個人的色彩の濃厚な会社であって、むしろ茨木消費者クラブに従属的な事業体であり、債務者の事業の中心は茨木消費者クラブであること、平成四年八月三一日の段階で茨木消費者クラブを解散してその営業を他に譲渡しなければならないような事情は、本件の労使紛争を除いては何ら見当たらない(上記取締役会議事録では営業不振に陥っているとされているが、容易に信用できない。)こと、債務者自身、平成四年一〇月五日現在において、営業譲渡契約書は作成されていないし、譲渡価格も計算できていない、茨木消費者クラブの顧客にはシー・アンド・エフが経営主体になった旨の告知もしていないと述べていること(〈証拠略〉の陳述書)が明らかであり、これらの事実及び前記のとおり右茨木消費者クラブの総会決議ではシー・アンド・エフへの営業譲渡に関して何らの言及もされていないことを併せ考えると、果たして真実、債務者の主張のとおり茨木消費者クラブが解散され、その営業がシー・アンド・エフに譲渡されたのかどうか疑わしいといわざるを得ない。そうだとすると、右取締役会議事録等の一連の文書の信用性は薄く、債務者の主張を裏付けるに足りる証拠とすることはできないというべきである。右の各文書は後日に作成されたもので、実体に符合しないものであるとみるほかなく、これらの文書をもって右主張の疎明があるということはできない。他に債務者の右主張を一応にしろ認めるに足りる的確な証拠はない。よって、債務者の右主張は理由がない。

四  保全の必要性について

1  債権者らは、債権者らが債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求めるところ、債務者はこの地位を争っている。本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債権者らがこのまま本案判決の確定を待つのでは、それまで債務者から賃金の支給その他従業員として当然受けるべき待遇を一切受けられず、債権者らが債務者から得る賃金等で支えてきた後記認定のそれぞれの生活も維持できなくなるなど、右申立て部分につき仮処分の必要があることが一応認められる。

2  債権者らは、右債務者に対する雇用契約上の権利を有する地位に基づき賃金の仮払いを求めるところ、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、以下の事実が一応認められる。

(一) 債権者伊藤は、単身者で扶養家族はないものの、債務者から支給される賃金を唯一の収入源とする労働者で借家住まいをしており、不動産その他の財産を有してはいない。同人の解雇前三か月の各月の賃金支給額から交通費を控除した平均賃金額は、二五万九二三三円であり、これは債権者伊藤の請求額を超えるものである。

計算式 {(255,975+248,000+273,725)÷3=259,233}

(二) 債権者堤は、独身者であるが扶養家族として茨木済生会病院に入院中の姉憲子をかかえており、債務者から支給される賃金を唯一の収入源として、これでもって自己の生活及び姉の療養生活全てを支えている。同人の解雇前三か月の前同様平均賃金額は、二五万二五五〇円であり、これは債権者堤の請求額を超えるものである。

計算式 {(237,650+255,000+265,000)÷3=252,550}

(三) 債権者田中は、教員をする夫との間に三人の子供(前記の二児のほか本件仮処分命令申立後に一児を出産している。)があり、夫の収入だけではその家族の生活を支えることができない状況にある。平成四年一一月についてみると、夫の税込支給総額三五万〇九四〇円に対し一か月の生計費の総額五六万四九五二円を控除すると二一万四〇一二円の赤字となっている。同人の解雇前三か月の前同様平均賃金額は、一四万二七九五円であり、これは債権者田中の請求額を超えるものである。

計算式 {(140,805+144,830+142,752)÷3=142,795}

右認定の事実からすると、債権者伊藤及び債権者堤は、いずれも債務者から支給される賃金により自己あるいは自己と病気療養中の姉の生計を維持し、また債権者田中は債務者から支給される賃金と夫の収入によりその家族の生計を支えており、債権者らがその賃金の支給を停止されることにより、自己あるいは自己及び扶養家族の生活に重大かつ深刻な危険を生じさせていることが明らかである。これらの事情を考慮すれば、債権者らが本件申立てをした月の翌月である平成四年五月から、本案の第一審判決の言渡しまでの限度で、毎月五日限り右認定の各解雇前三か月の各平均賃金額の範囲内である債権者伊藤については月額二四万七八三八円の、債権者堤については月額二四万一四四八円の、債権者田中については月額一三万八一三四円の、各割合による賃金の仮払いを、債権者らに受けさせる必要があるというべきである。

五  結論

以上の次第で、債権者らの本件仮処分命令申立ては、いずれも主文掲記の限度で理由があるから、事案の性質上債権者らに担保を立てさせないで、主文掲記の限度でこれを認容し、その余を失当として却下することとする。

(裁判官 宮城雅之)

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